大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)953号 判決

被告人 金山克己

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官の提出した横浜地方検察庁検察官検事木村喬行作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、被告人及び弁護人葉山水樹提出の各答弁書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

検察官の控訴趣意は、要するに、原判決は、被告人に対する昭和二五年神奈川県条例第六九号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下本条例と略称する。)第五条違反の本件公訴事実に対し、その事実関係については、検察官の主張どおり認定し、被告人の右所為は、形式的には本条例三条に基づき神奈川県公安委員会がなした、本件集会、集団示威運動に対する条件付許可処分の条件によつて補充される、本条例五条違反に該当するものであるとしながら、右条件付許可処分の条件は、全体として無効と解すべきであるから、右条件によつて補充される本条例五条は、被告人の右所為に適用することができないとして、被告人に対し無罪の言い渡しをしたのであるが、原判決は法令の解釈適用を誤つた違法があり、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。すなわち、原判決は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下都条例と略称する。)につき、昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷が言い渡した判決の判断は、都条例とその文言、体裁、内容等を殆んど同じくする本条例についても妥当し、本条例の定める集団行動に対する規制方法の基本的部分(許可制)は、憲法二一条に反するものではないが、本条例三条一項但書の規定の体裁からして無条件許可を原則としていることを窺うことができるのみならず、本条例の許可制は、集団行動の自由を最大限に尊重しつつ、これと矛盾衝突することのある反対利益である公共の安寧の保持との調整を必要最小限度においてするものであつて、条件の付与は、集団行動の自由を一部禁止し、特定の作為、不作為を命ずるものであるから、条件を付し得る場合、並びにその条件の内容的限度は、その性質上当該集団行動の実施目的に照らし必要最小限度でなければならないとの前提のもとに、るる説明したのち、本件各条件中には、本条例三条一項但書によつて付し得る条件として有効なものもあるけれども、(1)本条例自体に抵触して形式的効力を欠き無効であるもの、(2)道路交通法に基づく規制の対象となり得ても本条例三条一項但書の条件として必要最小限度を逸脱し無効であるもの、(3)本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱した無効の条件であつて集団行動の自由の侵害の可能性のあるもの、ないしは侵害するものとして憲法二一条に反するものなどが多数混在し、右(1)(2)のものを除き、(3)に該当する条件が多数存在する場合には、残余の条件に有効なものがあつても、条件全体が無効となるものと解すべきであると判示している。しかしながら、前記最高裁判所大法廷の判決も「本条例といえどもその運用の如何によつては憲法二一条の保障する表現の自由を侵す危険を絶対に包蔵しないとはいえない。条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべきこともちろんである。」と述べているとおり、公安委員会の付与条件が必要最小限度でなければならないことは当然であるとしても、本件条件中には、本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱したものがあるとは解されず、更にまた、有効な条件のほかに無効な条件を含んだ場合、条件全体が無効になるとは到底解されない。すなわち、原判決は、本件訴因において、被告人が違反したとされている条件のうち、「ジグザグ行進、うず巻行進等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件については、本件集団示威運動の進路が、横須賀市の中心街であり、かなり交通頻繁な道路を通過するものであり、予定参加人員も約二万人であつた事情のもとでは、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度の条件ということができると判示しながら、「かけ足行進、隊列のことさらな停滞等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件については、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度を超えた無効の条件であると判示している。しかし、原判決が無効であるとした右条件は、集団としての「かけ足行進、隊列のことさらな停滞等交通秩序をみだす行為」を禁止するものであつて、これらは公共の福祉の観点から要請される必要最小限度の合理的制約というべきであり、決して本条例三条一項但書の条件として必要最小限度を超えたものではないから、原判決の右判断には到底承服できない。また、原判決は、本件訴因において公訴の対象とされていない条件、すなわち「プラカード、旗、のぼり等の柄に危険なものを用いないこと」「拡声機の使用、多数の合唱、声援、シユプレヒコール等により著しくけん騒にわたるなど周囲の静おんを害する行為をしないこと」という条件が、本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱する無効の条件であつて、憲法二一条またはその趣旨に反するとの判断を示しているが、原判決の右判断は誤つている。さらに、原判決は、「ジグザグ行進、うず巻行進等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件については、前述のとおり、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度の条件ということが出来るとしながら、前述(3)の理由により、すなわち、本件条件付許可処分の如く、多数の条件が違憲無効である場合には、残余の条件が合憲有効と解されても、全条件を一体として違憲無効と解すべきであると判示しているが、しかし仮に原判決のいうように、神奈川県公安委員会が付した本件各条件中に違憲、無効のものがあると仮定しても、各条件は個々独立の意味を有し、個々に各構成要件を補充するものであつて、各条件の間に特に関連があつて各構成要件を成立させているのではないから、その有効無効は個々の条件毎に検討されるべきものであつて、仮にその一部に違憲、無効の条件があるからといつて、他の合憲有効とされる条件まで無効とされる理由はない。原判決が、本件訴因において被告人が違反したとされている条件以外の条件、すなわち本件公訴の対象とされていない条件についてまでその違憲、無効を論じ、原判決自ら本条例三条一項但書の条件としては必要最小限度のものであつて相当であると認める条件までも含めて、条件全体を違憲、無効と判断したのは、不告不理の原則に反し失当である。以上要するに、原判決が、本件公訴事実について本条例五条の適用ができないとし、被告人に無罪を言い渡したのは、法令の解釈、適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄の上、適正な判決を求めるというのである。

よつて、まず、原判決が、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度を超え無効であると判示した「かけ足行進、隊列のことさらな停滞等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件について考察する。

昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷判決は、都条例違反被告事件において「およそ集団行動は、学生、生徒等の遠足、修学旅行及び冠婚葬祭等の行事をのぞいては、通常一般大衆に訴えんとする政治、経済、労働、世界観等に関する何等かの思想、主張、感情等の表現を内包するものである。この点において集団行動による思想等の表現は、単なる言論、出版等によるものとは異つて、現在する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理力によつて支持されていることを特徴とする。かような潜在的な力は、あるいは予定された計画に従い、あるいは突発的に内外からの刺激、せん動等によつて極めて容易に動員され得る性質のものである。この場合に平穏静粛な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢の赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躪し、集団行動の指揮者はもちろん警察力を以てしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在すること、群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかである。地方公共団体が、純粋な意味における表現といえる出版等についての事前規制である検閲が憲法二一条二項によつて禁止されているにかかわらず、集団行動による表現の自由に関するかぎり、いわゆる『公安条例』を以て、地方的情況その他諸般の事情を十分考慮に入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最小限度の措置を事前に講ずることは、けだし止むを得ない次第である。」「本条例の対象とする集団行動、とくに集団示威運動は、本来平穏に、秩序を重んじてなさるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、暴力に発展する危険性のある物理的力を内包しているものであり、従つてこれに関するある程度の法的規制は必要でないとはいえない。国家、社会は表現の自由を最大限度に尊重しなければならないこともちろんであるが、表現の自由を口実にして集団行動により平和と秩序を破壊するような行動又はさような傾向を帯びた行動を事前に予知し、不慮の事態に備え、適切な措置を講じ得るようにすることは、けだし止むを得ないものと認めなければならない。」と述べ、都条例は憲法二一条に違反しないと判示している。都条例と内容を同じくする本条例についても、右判示はそのまま妥当する。すなわち、本条例は、右最高裁判所判決が説示したような潜在的な一種の物理力によつて支持されている集団行動について、対象地域における道路の広狭、交通量の繁閑等の地方的事情や集団行動の目的、規模等の諸般の事情を十分考慮に入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最小限度の事前措置をとる目的をもつて制定されたものである。換言すれば、本条例による規制の目的は、道路交通法の目的とする道路上の交通秩序の維持に止らず、集団行動の実施によつてひき起こされることのあるべき不測の事態に伴う混乱を未然に防止するため適宜の措置を講ずることによつて、地方自治法二条三項一号所定の「地方公共の秩序を維持し、住民および滞在者の安全、健康および福祉を保持」しようとするものである。それ故、本条例三条一項但書により公安委員会が付し得る条件は、公共の安寧を保持し、社会の秩序を維持するという本条例の目的の範囲を逸脱することが許されないことは当然であり、また事柄が日本国憲法の保障する表現の自由に関係する以上、必要かつ最小限度のものでなければならないことは、言をまたないところである。この点に関し、本条例三条一項本文にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」ということを基準にして事を論ずる者もあるが(原判決も然かりである。)、右の「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」というのは、不許可の場合の要件であることが、本条例三条一項本文の法文上明白であつて、同条項但書による条件付与の場合の基準ではないことを注意すべきである。前述のような本条例制定の目的および本条例三条一項但書によつて付与される条件が、集団行動による表現の自由とこれによつて直接侵害の危険にさらされる反対利益との矛盾、衝突を調整する手段として機能し、集団行動が本来あるべき姿である平穏裡に秩序を維持して行われることを担保するために付与されるべきものであることから考察すれば、公安委員会は、地方的情況その他諸般の事情を十分に考慮し、公共の安寧に対する危険の発生が明らかに認められる場合は勿論、このような危険発生のおそれのある場合にも、またその予防のためにも必要かつ最小限度の条件を付し得るものと解するのが相当である。このように解してこそ、「集団行動とくに集団示威運動は本来平穏に秩序を重んじてなさるべき純粋なる表現の自由の行使」であり、「表現の自由を口実にして集団行動により平和と秩序を破壊するような行動またはさような傾向を帯びた行動を事前に予知し、不慮の事態に備え、適切な措置を講じ得るようにすることは、けだし止むを得ないものと認めなければならない」とする、前掲最高裁判所大法廷判決の趣旨にも添い、集団行動による表現の自由とこれに内在する公共の福祉による制約との調和点をも見出すことができるというべきである。果たして然らば、原判決が、「集団行動の実施は、それが平穏正常に行われる場合であつても、その性質上道路交通秩序のみならずその余の当該地方における社会共同生活の安穏正常な運行状態に対しある程度の影響を及ぼし、若干の支障を生ぜしめることもあり得るのであるから、公共の安寧を保持するうえに「直接危険を及ぼす」とは、かかる程度を超えて道路交通秩序を除くその余の社会共同生活の安穏正常な運行状態を著しく混乱させ、阻害し又はかく乱させること(以下直接危険状態という)を意味するものと解するのが相当であり、従つて条件は右直接危険状態の発生を予防するための必要最小限度のものでなくてはならない。」と判示するところは、集団行動の不許可の要件を論ずる議論としては、必ずしも誤りであるとまではいえないが、「前記直接危険状態の惹起に必結しないような行為を対象とする条件は、必要最小限度を超える条件として無効である。」とする点は、その見解が狭きに失し、誤りであるといわざるを得ない。

以上の見解を前提として、本件で問題とされている前述の条件について考察する。

神奈川県公安委員会が、本件集会、集団示威運動について、本条例三条一項但書三号にいう「交通秩序維持に関する事項」として、「ジグザグ行進、うず巻行進、かけ足行進、おそ足行進、隊列のことさらな停滞、あるいは先行てい団との併進、追越し、または道路いつぱいに広がつての行進等交通秩序をみだす行為をしないこと」という許可条件を付したことは、一件記録上明らかである。本件訴因において公訴の対象とされたのは、右許可条件中「ジグザグ行進、うず巻行進、かけ足行進、隊列のことさらな停滞等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件である。原判決は、右条件中「ジグザグ行進、うず巻行進等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件については、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度を超えたものではないと判示したが(なお、原判決は、本件訴因において公訴の対象とされていない、「先行てい団との併進、追越し、または道路いつぱいに広がつての行進等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件についても同様の判示をしている。)、「かけ足行進、隊列のことさらな停滞等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件は、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度を超えるもので無効であると判示している。そして原判決は、その理由として「かけ足とは、形態的に両足が共に地面を離れている状態を伴う急速な歩調をいうものと解されるが、疾走するような場合は格別、これに至らないような、かけ足行進は、隊列を乱す危険もまずなく、しかも祭等の行事に際し屡々ワツシヨイ、ワツシヨイと掛け声をかけてかけ足行進することがあるのに鑑み、本件集会、集団示威運動の進路等の前記事情を考慮しても異常な行為形態と観念されず、なるほど通常の歩行に比し交通事情に対応するための制止措置がやや困難であり、道路交通秩序を乱すことはあつても、未だこれによつて公共の安寧に対する直接危険状態の惹起に必結する行為形態とは考えられず、従つて疾走のような場合に限らずかけ足行進一般を禁止する右条件は、本条例三条一項但書の条件としては必要最小限度を超え無効というべきである。」「次にことさらな停滞について考えるに、停滞行為中には各種形態のものが含まれているが、「ことさらな」というのは、その中一定のものを限定する意義を有するものではなく、停滞行為一般をいうものと解するほかないところ、停滞行為は交差点等において道路を大巾に占拠するような形態の場合は格別として、その余の場合は、道路交通秩序を害する(道路交通法七六条四項二号はその一場合である)ことはあつても、これによつて公共の安寧に対する直接危険状態の惹起に必結するものとはいえないが、このような場合を含めて停滞一般を禁止するものであるから、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度を超え無効といわざるを得ない。」と述べているのである。しかしながら、「かけ足行進」は、両足がともに地面から離れる状態を伴う、通常「歩行」ないし「速歩」といわれているものよりは早い歩調の行進であると解せられるが、それが集団で行われる場合には、物理的、心理的に不安定な状態を生じ、集団構成員個々の意気の発揚を伴つて、場合によつては集団全体の異様な気勢の昂揚をもたらし、ジグザグ行進、うず巻行進、先行てい団との併進、追越し等の他の許可条件(これらの許可条件が、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度のものであることは、原判決も認めるところである。)の違反に発展する可能性は極めて大きく、勢の赴くところ群集心理を助長させ、時には激しい越軌行動に発展するおそれがあること、また集団による「かけ足行進」は、惰性を生じ、弾力性が低下するため、集団構成員が前方あるいは側方を通行中の車両や人その他の道路上の障害物等を避ける余裕に乏しく、これに接触して事故を発生する危険性が濃厚であること、集団が交差点、曲り角に差しかかつた場合、現実の交通状況に対応させるための制止等臨機の措置が困難となり交通秩序を混乱に陥れるおそれがあること、集団内で混乱を起し構成員が転倒して不慮の事態を惹起する危険があること等は経験上明らかなところである。のみならず本件集団示威運動の進路が横須賀市の中心街で交通が頻繁であること、その道幅等の交通事情や本件集団示威運動実施の時刻、参加予定人員等諸般の事情を考慮すれば、叙上の諸危険を防止するため、集団による「かけ足行進」を禁止する条件は、本条例三条一項但書の条件として、公共の安寧に対する危険の発生を予防するため必要最小限度を超えたものということはできないと解するのが相当である。次に「隊列のことさらな停滞」をしてはならないという許可条件についてであるが、その停滞とは、単に人が道路に停滞して交通秩序を害することをいうのではなく、集団が集団として停滞することをいうのであつて、これにより交通を著しく渋滞混乱させ、そのため後続の隊列は勿論のこと一般大衆に多大の迷惑を与えることが明白であるばかりでなく、しかもそれは「ことさらな」すなわち、「正当の理由がないのに、わざと」する停滞が禁止されているのであり(この点につき、原判決が、「ことさらな」というのは、停滞行為中の一定のものを限定する意義を有するものではないと判示したのは、失当である。)、かかる「正当の理由のない、わざと」する隊列の停滞は、その発進と同時に、前述のジグザグ行進、うず巻行進、かけ足行進、道路一ぱいに広がつての行進等に発展する危険性が極めて大であることも経験上明らかである。それ故「隊列のことさらな停滞」を禁止する条件は、前述の本件道路の交通事情その他諸般の事情に照らせば、公共の安寧に対する危険の発生を予防するため必要最小限度を超えたものということはできないと解するのが相当である。

以上の当裁判所の見解に反し、原判決が「かけ足行進、隊列のことさらな停滞等の交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件が、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度を超えたもので無効の条件であると判断したのは、失当であり、原判決はこの点において法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れず、論旨は理由がある。

次に、原判決が「ジグザグ行進、うず巻行進等交通秩序をみだす行為をしないこと」という許可条件は、本条例三条一項但書の条件として必要最小限度のものであるけれども、本件許可条件の如く、多数の条件が違憲無効である場合には、残余の条件が合憲有効と解されても、全条件を一体として違憲無効と解すべきであると判示した点について検討する。

本件集会、集団示威運動について付されている条件は、原判決の説示するとおり、多項目にわたつている。しかしその多数の許可条件は、本来個々独立の意味を有し、個々に各構成要件を補充していると認められるのであり、本件に適用される条件は「ジグザグ行進、うず巻行進、かけ足行進、隊列のことさらな停滞等交通秩序をみだす行為をしないこと」(以下本件条件という。)というのであるが、本件条件は、本来平穏に秩序を保つてなさるべき集団示威運動における行進の方法、態様としては、当然に遵守されるべき基本的な条件であり、神奈川県公安委員会としては、他の条件が違法、無効であると否とに拘らず、本件条件はこれを付したであろうと認められ、両者が不可分の関係にあるとはいえないばかりでなく、他の条件と特に関連をもたせなければ、本件条件がその意味と実効性を持たないというものではないから、仮に、原判決のいうように、他の条件中に違法、無効の条件があるとしても、その違法、無効は、本件条件の違法、無効を来たすものではないと解するのが相当である。従つて原判決が、本件訴因において公訴の対象とされていない条件についてまで、その違法、無効を論じ、その違法、無効の故をもつて、原判決自ら本条例三条一項但書の条件として必要最小限度のものであると認めた条件をも含め、全条件が一体として違憲、無効であると判断したのは失当である。原判決は、右の如き解釈をとる理由として「条件付許可処分における一部の条件が、本条例三条一項但書の必要最小限度を超え憲法二一条に反する場合には、当該条件のみを可分的に考え、他の条件の効力には影響しないとする見解のもとでは、有効合憲の条件違反の行為についてのみ起訴されるならば、裁判所としては残余の条件の無効、違憲の点につき判断する必要がなく、かかる条件を存続させる結果となり、かくては公安委員会としては、起訴に当り無効違憲の疑問の余地のない条件違反の行為のみが起訴の対象とされることさえ保障されれば、主として取締の便宜の見地から諸種の条件を付して即時強制や現行犯逮捕の根拠として規制を加えることとなり、裁判所はかような表現の自由を侵害し又はその可能性を有する運用を保障するという不当な結果を招来するものといわざるを得ないであらう。」と述べている。なるほど事を抽象的に論ずれば、原判決の危惧するが如き不当な結果を招来する可能性がないとはいえないであらう。そしてまた、公安委員会においては、そのようなことのないよう、極力戒心しなければならないことも多言を要しないところである。しかしながら、原判決は、本件において、現実に如何なる点において、原判決の危惧するが如き不当な結果を招来したかを論証していない。却つて、一件記録によれば、本件においては、原判決自ら本条例三条一項但書の条件として必要最小限度のものであると認めた「ジグザグ行進、うず巻行進等交通秩序をみだす行為をしないこと」という許可条件と当裁判所が本条例三条一項但書の条件として必要最小限度のものであると認めた「かけ足行進、隊列のことさらな停滞等交通秩序をみだす行為をしないこと」という許可条件に違反する行為があつたが故に、本条例四条の即時強制や本条例五条違反としての現行犯逮捕がなされた事実が認められるだけであつて、原判決が危惧するような、公安委員会が単に取締りの便宜のために付した違憲の条件を根拠として右即時強制や現行犯逮捕がなされた形跡は毫もこれを窺うことができないのである。原判決の論理は、現実の運用の実態について殊更に眼をとじ、抽象的な観念論を弄ぶものといわざるを得ない。これを要するに、原判決は、徒に、本件に事実上も法律的にも関係のない許可条件の違法、無効を論じて、抽象的に行政機関による濫用の危険性のあることを想定し、その危険性のあることをもつて、直ちに原判決自ら本条例三条一項但書の条件として必要最小限度のものであると認めた条件をも含め、全条件が一体として違憲無効であると判断したものであつて、その判断は失当であり、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがあり、この点においても破棄を免れず、論旨は理由がある。

よつて検察官の本件控訴は、その余の論旨について論及するまでもなく、理由があるので刑訴法三九七条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に則り被告人に対する被告事件について、さらに判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和四二年八月二三日横須賀市において原子力潜水艦寄港阻止横須賀実行委員会が主催した「ベトナム侵略反対、エンタープライズ寄港阻止、米原潜入港抗議横須賀大集会」に参加したものであるが、同日午後六時五六分頃から同日午後七時三四分頃までの間同市汐入町無番地臨海公園中央出入口附近から同市本町二丁目二番地全駐労横須賀支部事務所前に至る間の道路上において、前記集会に参加した約一〇〇名の学生集団が、神奈川県公安委員会において前記主催者に対して集会、集団示威運動の許可に当つて付した条件に違反して、かけ足行進、ジグザグ行進、うず巻行進、隊列のことさらな停滞等を行つた際、外数名と共謀のうえ、隊列先頭列外に正対して位置し、笛を吹き、手を振り、肩車に乗つてアジ演説をし、シユプレヒコールの音頭をとる等により前記行進または停滞の指示をし、もつて前記許可条件に違反した集団示威運動を指導したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、昭和二五年神奈川県条例第六九号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例五条、三条一項但書、刑法六〇条に該当するところ、本件被告人らの行動に所謂超法規的違法阻却事由があるとも認められないので、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期範囲内において被告人を懲役三月に処し、情状に鑑み刑法二五条一項に則りこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により被告人をして負担せしめないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

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